先日紹介した、La Vie という雑誌に、Illettrisme(文盲の状態)と題したコラムがありました。
最近では「文盲」という言葉は差別的だということで、「非識字人口」と置き換えられたり、文盲率ではなく、逆の職字率を掲げたりしているようですね。
フランスではillettrisme (文盲)という言葉は普通に使われて言います。文盲の人は illettré と言います。これはanalphabétisme (人のことはanalphabète)とは違うとされています。analphabèteは何らかの理由で読み書きを習うことがなかった人ですが。 illettré は習ったけれども忘れた、あるいは十分に習得できなかった人のことを指すようです。
フランスは日本に比べて識字率が低いと言われていますが、暮らしているとそれを直接感じます。日本では周りに字が読めない、という人を見たことがありませんでした。誰それの100歳ぐらいで亡くなったおばあさんは字が読めなかった、と聞いたことが一度あったきりです。
フランスに来てからは、次のようなことが時々ありました。
などなどです。中には移民らしい年配の方もいらっしゃいましたが、ほとんどが、若くて外国人には見えない人でした。私自身、運転免許を取るときに字が読めるか聞かれ、外国人だから聞かれたのかと思いましたが、どうも違うようでした。
日本よりずっと字の読み書きが出来ない人が多い、という印象を受けます。なぜなのだろう、と考えてしまいます。義務教育機関は発達しており無償で教育を受けることが出来ますし、ボランティアが放課後に無料で勉強を教えてくれる施設もあります。親が子供の宿題を見られる学力が無い場合でも、そういう家庭の子供が学校で不利にならないようにと、ボランティアが宿題の分からないところを教えているのです。
書字システムだって日本語と比べたら簡単に思えますし、なぜ字が読めない人がいるのだろう、と疑問に思います。
このコラムをきっかけに少し統計を調べてみました。フランスは文盲が多いと言うけれども、実際はどれくらいなのだろうか、と思ったからです。
1999年のOECDの調査結果では40%が文盲である、と驚くべき結果が出ています。いくらなんでも多いと思うんですが、何を持って文盲とするか、という基準ははっきりしません。それから2005年の資料(こちら)ではフランスで教育を受けた18歳から65歳までの人の9%が文盲であるとしています。短い文章を読んで簡単な質問に答えるというテストの結果文盲と判断された、ということでした。
ちなみに日本はというと、0.2%とか1%未満、という言い方がされているのが目に付きました。(例えばWikipedia)検査方法は分かりませんが、フランスと比べるとかなり低いですよね。
読んだ雑誌のコラムは「どうしてフランスは識字率が低いのか」、という問いには答えてくれませんでした。(考えることを重視するあまり基礎学力を軽視した教育が行われていたからだ、という意見もあるようです。)でも文盲の人について別の角度から考えさせてくれました。以下原文が青、拙訳が緑、黒字は私です。
L’illettrisme est une question sociale majeur. Mais c'est d’abord un drame personnel pour tous ceux et toutes celles qui y sont confrontés.
[拙訳]
文盲は社会問題である。しかしまず第一に、この問題に直面している者みとっては個人的な悲劇である。
このようにコラムは始まっています。そしてコラムは続けます。「ある程度読むことに慣れている人は文盲の人の困難が想像できない。」私が見かけた人は「字が読めない」と堂々と人に言っているように見えましたが、実は困惑していたのでしょうか。馬鹿にされるのを気にしてなかなか「読めない」と言えない、という人もいるようです。
L’illettrisme n’est pas à confondre avec les difficultés scolaires, plus ou moins grandes, qu’on peut éprouver durant sa scolarité.
[拙訳]
文盲を就学中に出会う学業上の困難と混同してはならない。
学力の遅れが指摘される生徒が文盲ではないことは、わざわざ言及する必要もないと思いますが、ここでは学校の性質上、例え生徒のレベルが文盲と言えるレベルでも、それを明確にすることが出来ず学力の不足と扱うしかないという、学校の現実に触れています。
つまり学校に通っている間に文盲とされることはないのです。そして大人になったとき、文盲と見なされます。そして容易に想像できることですが、年齢が上の世代の方が文盲率が高く、社会的立場の弱いアウトサイダー的な人々の方が文盲率が高くなっていると述べています。
いろいろな公的機関や私的団体が文盲を減らすことに取り組んでおり、文字の読み書きが出来ない人に自信を持たせるのと同時に、言語能力を高めていくような教育の場が持たれているようです。
私が共感したのはこのコラムの次の部分です。
… il faut comprendre que l’écrit fait peur à tout le monde, même à ceux et celles qui en sont des professionnels. Nul n’écrit sans angoisse, sans être tenaillé par l’inquiétude de mal dire, de voir stabilisée une maladresse ou une erreur, de ne plus pouvoir rectifier ce qui sera définitivement charge contre lui….
[拙訳]
誰でも、プロの物書きでも、書くことを恐れることを理解しなければならない。不安なしでものを書く人はいない。上手くかけないことや、不手際や間違いを定着させることを心配し、最終的に自分に対する攻撃になるだろうことをもはや書き直せない不安にさいなまれることなしに、物を書く人は誰もいない。
私自身このようなブログを書くことでも、この気持ちを共有していると思いました。しかしコラムはこのようなネガティブな点だけではなく、ポジティブな面についても記しています。
En revanche, on peut accompagner les personnes … dans la découverte que c’est une difficulté infiniment féconde et que les satisfactions qu’on peut y trouver sont immenses.
[拙訳]
逆に、それは果てしなく豊かな困難であること、そこで得られる満足が非常に大きいということを、人々が発見するようにすることもできる。
書くことの難しさとそれに伴う喜びを、いつも物を書いている人らしい美しい文章で綴っていると思います。
コラムはこういう喜びがみんなに行き渡らない限り、文盲は民主主義社会の社会問題である、と結んでいます。
私は文盲の人の味わう困難から始まったコラムが、書く喜びに触れて終わっているところに興味を感じました。
Author:まゆの
フランスに住み始めて早16年。フランス語に限らず語学や語学学習にはいつも関心を持っています。フランス生活についても、個人的な視点で書いていこうと思っています。家族はフランス人の夫プー、長女のえ(12歳)、長男チッチ(8歳)次女奈々(4歳)の5人、プラス2007年8月23日から飼い始めたうさぎのクッキー。
まゆの様が仰るように、日本で生まれ育って「文字が読めない」ということは多分無いのではないでしょうか。(病気や障碍により習得出来ない場合はあるでしょうが)
駅や施設での表示、看板、商品パッケージなど、身の回りには文字が溢れています。教育機関で学ばなかったとしても、文字の読み方ぐらいどこかで身に付くのではないかと考えてしまいます。
大人でありながら文盲という状態を想像するのは実は難しいのですが、世界には文字の読めない人が相当数いることは知っています。ただそれが、フランスのような先進国でも見られるのが意外です。
格差が広がる一方の日本でも、いつかそういう事態が起きるのでしょうか。少し前に「戸籍が無くて学校へ行ったことがない」人についての報道を読みました。教育だけは、望む人すべてに門戸を開いてほしいと思います。