今日、紹介する本は、Amélie Nothomb アメリー・ノトン(出版社によってアメリー・ノートンになっているところもあります。)の「Stupeur et Tremblements」です。
「畏れ慄いて」という邦題で翻訳も出ています。
賞を取ったり映画化されたりして、かなり話題になった本なので、今更とも思いますが、この本は私にとってはちょっと特別な本なのでやはり紹介させていただきます。
実は、この本の著者アメリーに2度会ったことがあるんです。個人的に話もしました。
この本との出会いは書店で偶然見て、という単純なものです。新刊として出たばかりだったようで平積みしてあり、題名が変わっていて目を引きました。なんとなく手にとると日本の話のようで興味を感じ、始めのほうを読んでみると、ユーモアが感じられて面白かったので、著者についての知識もなく購入しました。家に帰って読み始め、短い本ですから短時間で一気に読み終えてしまいました。
それからしばらくして、この本の評判をアマゾンのサイトで読んで少し驚きました。この本は日本の会社で働いているフランス人の21歳の女の子の仕事の日常を語っています。日本の会社の特殊性、組織の不条理さ、人間関係の複雑さ、外国人として働く難しさなどです。そして、掲載されていたコメントの多くが「日本では絶対働きたくない。」と言った類だったのです。
私自身はこの本を笑いながら読みました。そしてこの本は日本批判の本ではなく、「日本へのラブレター」だと解釈していたのです。主人公は日本が大好きで日本へ来て、日本社会から拒絶されましたが、それでもまだ日本が好きで、でもそれをストレートに好き、とは言えない、それでこんな本になってしまった、という解釈です。読んでいると行間に愛が漂っているんですけど、それに気が付かない人が多く、これが日本企業批判になってしまっている、とコメントを読んでいて思いました。
なんとなくこの本が心にひっかっている頃、この作品がGrand Prix du roman de l'Académie françaiseを受賞し、話題になり始めました。そして、著者のアメリーがこの本について語る講演の広告を、当時勤めていた職場で見かけ早速申し込みました。一般の人は入れない講演だったので参加者の数も少なく、気軽に質問も出来て、得がたい経験だったと思います。
そこでアメリーは、日本で生まれ5歳まで日本に住んで、その後お父さんの仕事の都合でアジアの他の国に引越し、17歳になって初めて出身国ベルギーに住むようになった、と自分の半生を語りました。その間ずっと、生まれ故郷の日本にはいつ帰れるのだろう、と思っていたそうです。そして21歳の時にやっと日本に帰る機会を得て、嬉々として日本へ向かった、その後の経験がこの本に書かれているのですが、本では主人公は研修生になっていますが、実際には正社員として就職した、と言っていました。
アメリーが故郷だと思っていた日本は、外国人としてのアメリーは受け入れるけれども、日本人として振舞おうとすると拒絶される国でした。この企業での苦い経験をアメリー自身はéchec(失敗)と言っていましたが、日本からヨーロッパに帰る飛行機の中で、自分を本当にdéchet humain (人間の屑)のように感じたそうです。
そこで私はアメリーに言いました。
「私はこの本は日本へのlettre d'amour (ラブレター)だと思いました。」
アメリーはにっこりして答えました。
「Vous avez raison. (その通りです)」。
さらに私は、日本が好きだからといって日本人になる必要はないと思う。どうして日本人になりたいのか、と質問しました。
アメリーの答えは
「Je ne veux pas devenir japonaise. Je suis
japonaise. Mais personne ne le croit, donc je devait le prouver. (日本人になりたいのではありません。私は日本人なんです。でもだれもそれを信じないので、証明しなければならなかったのです。)」
そして証明しようとして日本に来た結果が、日本側からの拒絶だったのです。自分を人間の屑だと思ったアメリーの心境を想像すると胸が痛くなります。子供のころから、自分を日本人だと思って生きてきたアメリーだからです。しかしこんな経験をしても
「Je suis toujours japonaise.(今も自分は日本人だ。)」、と言っていました。
今もそう思っているかはわかりません。この時点で既に、
「Je me sens plus européenne qu'avant. 前より自分はヨーロッパ人のような気がする。」
と言っていたからです。
アメリーは「書くこと」を病気のように言っていました。ずっと拒食症で入院までしたこともあるということですが、物を書くようになって拒食症が治ったのだそうです。別の病に罹ったから、前の病が治ったということもあると思う、と言っていました。一日3時間は必ず書くそうです。書き終えて出版して人に読ませる価値があると思ったら出版する、ということでした。一年に1作ずつ発表していますね。書いているのは常に一作だけ、作品を書くのは妊娠のようなものなので、一度に何人も妊娠できません、とのことでした。書く行為を病気のように言うことといい、やはり特異な人のようです。
アメリーはベルギー人であるにもかかわらず本国に住んだことがなく、ヨーロッパ人としてのアイデンティティーがなかったわけですよね。そしてこの本に書いた経験では、日本からも拒絶されてしまいアイデンティティー・クライシスに陥っていたと思うんです。それがこの本が評価され文学賞までもらって、前よりヨーロッパ人としての自分を感じると発言したアメリーは、アイデンティティー・クライシスから立ち直ったのではないでしょうか。書くことがguérison(治癒)に導く、と言っていたアメリーの発言どおりに。
講演のあと、この本について、子供の頃から自分を日本人だと信じていたのにそれが幻想だと分かってしまい、では自分は誰なのか、という問いの前に答えを出せない人の話だと思ったわけですが、こういう重い話を、重さを全く感じさせずユーモラスに書いたのはアメリーの才能だと思います。
2度目にアメリーに会ったのは同じ日のもう少し後です。先の講演の後、出席者が少なかったので、会場から出ながら記念写真を撮ったり、雑談したりしました。その時の話の中で、アメリーがこれからもう一つの講演に行く、と言って場所と時間を教えてくれたので、そちらも行ったのです。そちらは参加者が500人ぐらいはいたのではないかと思います。講演後のサイン会で本にサインを入れながら二言、三言交わしただけで終わりました。
1回目の講演の時にこの本にサインをもらいました。
J'écris en japonais. (日本語で書きますね。)
と言って「雨理」と書いてくれました。でも日本語を書くのは未だにマスターできず、話すのも下手だと言っていました。
2回目の講演ではもう一冊の本にサインをもらいました。この本についても後日、記事を書くつもりでいます。
それにしても、このStupeur et Tremblements、親日家のフランス人の中には日本についての既にある悪いイメージを助長すると言って嫌っている人もいました。逆にこの本を読んで日本語を勉強する気になった、という人もいたのでわからないものです。
でも、講演の時も「この本は日本で翻訳されるんですか。」という日本人が怒ることを危惧した質問も出ていましたし、(日本人はそんな度量の狭い民族ではありませんよ。)映画化されたあと、この映画を日本人の学生のグループと見に行こうと思うが気を悪くしないか心配だ、と相談されたこともあり、やはりフランスでは、日本批判のように一般には受け取られやすい本のようですね。アメリーの意図とは違うと思うので少し残念に思います。
ちょっと読んでみたい方のために、冒頭を引用しておきます。
ペーパーバック版はこちらです。

Author:まゆの
フランスに住み始めて早16年。フランス語に限らず語学や語学学習にはいつも関心を持っています。フランス生活についても、個人的な視点で書いていこうと思っています。家族はフランス人の夫プー、長女のえ(12歳)、長男チッチ(8歳)次女奈々(4歳)の5人、プラス2007年8月23日から飼い始めたうさぎのクッキー。
ノートンさん(日本ではたいていこう書きます)の本は、私はちょっと苦手なタイプです。なんかこう....息詰まる感じがするのです。
ご紹介くださった『畏れ慄いて』は日本生まれのフランス作家が日本を舞台に書いた、ということで雑誌などでよく取り上げられていたと記憶します。わりと辛口な評が多かったでしょうか。現代小説はなかなかすんなり受け入れられないものですね。
フランスでは大人気だと聞きます。老若男女みんなが読むような作家さんなのですか。
それからリンク、お見事です。嬉しいな。
ノートンの綴りがNothombだとは知りませんでした。読みにくいです。
それより仏版の表紙! なんでそんな怖い写真なのですか!