Le fait le plus frappant est sans doute la situation de l’Afrique subsaharienne. C’est moins l’héritage d’une colonisation de quelques décennies (des années 1880 aux années 1960, pour l’essentiel) que celui d’un pillage multiséculaire des ressources humaines qui permet de comprendre sa marginalité.
一番顕著なのは間違いなくサハラ以南のアフリカの状況だ。それは数十年間の(大体1880−1960年代)植民地時代の名残より数百年の人的資源の略奪の名残のほうが濃く、このことから、グローバル化現象におけるこの地域のアウトサイダー的な立場が理解できる。
奴隷貿易は大航海時代以前から行われていたそうです。長期に渡って人口の一部を奴隷に取られていたのでは、不安定になりますよね。でもどういう点から、奴隷貿易時代の名残のほうが濃いと言えるのかまでは書いていないのが残念です。
ここまで紹介してきて思ったのですが、この記事は文体は凝っているのですが、時々飛躍があって分かりにくいです。書いている内容は面白いと思うので、もう少し分かりやすく書けなかったのか、と残念に思います。やっぱり文筆業が本業でない教授が書いたのが悪かったのでしょうかねー。フランスの大学に行って思ったのですが、この国は英語圏に比べて、物事を噛み砕いて分かりやすく説明することが下手です。私の専門は言語学でしたが、大学の基本図書もアメリカ・イギリスで出版されたものを英語で読むほうがずっと分かりやすく、フランス語で書かれた本で初学者向けのは少なかったです。難しいことを簡単に言うのは、難しいことを難しく言うより難しいんですよね。(なんかややこしい文になってしまった・・・。)
記事に戻ります。
Quelque provocatrice que puisse paraître cette dernière remarque, elle s’inscrit da,s une prise en compte d’héritages de très longue durée largement occultés un temps par l’omniprésence de la marque occidentale. Par bien des traits, il n’est pas absurde de trouver que l’écoumène du XXIe siècle ressemble plus à celui du XIVe qu’à celui du XIXe. L’importance acquise par le Japon naguère, la Chine hier, l’Inde aujourd’hui, sans doute demain l’Iran, le monde arabe, la Turquie et quelques autres sociétés – ce qu’il est convenu de nommer en jargon diplomatique la « multipolarisation » -- ramènent l’Union européenne, les Etats-Unis et la Russie, bref les très grands acteurs d’hier, à des rôles plus modeste.
次の意見はいくらか挑発的に聞こえるかもしれないが、これは、西欧がつけた跡が集中することによって隠されていた、長い間に蓄えた(文化的)遺産を考慮した結果である。多くの特色から、21世紀の地球上の居住可能地域が19世紀のそれより14世紀のそれに似ていると思うのは、非常識ではない。かつての日本が、昨日の中国が、そして今日のインドが得た重要性を、明日はイランやアラブ世界やトルコやその他の社会が疑いなく得るだろうが、この重要性---外交の専門用語で「多極化」と呼ぶと決められている−−−は、ヨーロッパ共同体やアメリカ合衆国、ロシア、つまり昨日の偉大な中心国にもっと控えめな役割を与えるだろう。
ここですよ、ここ! 重要な意見を言っているので引用したんですけど、どうして今が19世紀より14世紀に似ているのか、書いてないんです。今日の記事の最初のほうに、19世紀のオランダやフランスの植民地は現在本国の影が薄い、という点に触れましたが、それだけなんですよ。ちょっと根拠と言うには希薄かと・・・。もっと例を出して詳しく説明して欲しかったです。
そして、さらに不満を言わせてもらうと、この引用部ですが、前半と後半の間で話が飛躍してると思いませんか。原文のまま引用しているので、私は何も省略していないのですが、いきなり日本が出てきてとまどうじゃないですか!
思うに、14世紀(?)にモンゴル帝国が崩壊し、それまで文化的にも経済的にも低かったヨーロッパが台頭してきたのは、現在アジアの国が台頭してきた状況と似ている、ということでしょうか。それならそうで、はっきり書いといて欲しいです。
記事は続きます。
Il n’en reste pas moins que la marque initiale de l’Europe dans la constriction du niveau mondial n’est pas prête de s’effacer. Nous en revenons à notre petit-déjeuner. Les rythmes de vie, les coutumes vestimentaires, les manières d’habiter, bref toutes les normes mondialisée de la vie quotidiennes, même si elles peuvent être localement battues en brèche, ont une histoire enracinée dans l’Occident.
それでもなお、ヨーロッパが世界というレベルの構築に最初に残した痕跡はすぐには消えないだろう。朝食に戻って考えてみよう。生活リズム、服装の習慣、居住方法、要するに日常生活の、世界的に使われている基準は全て。部分的に破られていることがあるにしても、西欧に根ざした歴史を持っているのである。
この部分は納得できると思いました。そして、科学の概念、倫理的な価値観、芸術的価値観も西欧のものが元となっている、と続きます。今まで通用してきた西欧のコンセプトは正しいが、これからの世界をより深く理解し、よりよく運営していくためには、もっと普遍的なコンセプトにしていくことが必要だ、というのが結論のようです。
「・・・ようです。」というのは、最後のパラグラフの話が見えないので、自信が持てないからです。文の意味自体が不明の文、一つ(フランス人にも分からない、と言われてしまった。)と文の意味は分かるけど、前後とのつながりがつかめない文が一つ。悩んでみましたが、分かりませんでした。でも記事全体の言いたいことは大体つかんだと思います。
それにしても、この記事は書き方が悪い、と紹介をしながら、どんどん思うようになりました。記事冒頭で朝食の話から入ったときは鮮やか!と思ったのですがねー。記事の最後のほうでもう一度朝食が出てきたときも、上手く構築されてるかも・・・ぐらいには思ったんですけど、全体的に見て、分かりにくい点が多かったと思います。
外国語で何かを読んでいて分からないと、こちらの語学力や理解力が足りないのだ、と思ってしまうことが多いですが、必ずしもそうではないですよね。書き方が悪い、ということもあります。この記事が分かりにくくても、あなたの語学力のせいではありません、と思いましょう。
そうなんですか。スウェーデン(語)では義務教育で様々な文章の書き方を実践的かつ徹底的に学びます。フランス語はニュアンスのある言葉なので文書に適していると聞きますが文章の構成に関しては特別な教育はされないのでしょうか。