先日図書館でこんな本を見つけました。

Hachiko, chien de Tokyoという題です。おー、これはあの、ハチじゃないか、と思って借りてきました。(ハチ公がハチコになっていますが、よくあることです。)
有名な「忠犬ハチ公」のお話です。実は私自身ハチ公については、主人が死んだ後も駅で主人の帰りを待っていた、という程度にしか把握していませんでした。この絵本のお話は、まあ平たく言えばそういうことなのですが、教授が北の地方に犬を買いに行くところから始まります。要するに秋田犬ですね。
毎日主人が大学に行くのを駅まで送っていき、帰りも駅で主人を待つ、という下りの挿絵で、駅のホームにハチが寝そべっているんです。私が日本の絵本で見たのか、自分の想像なのかははっきりしないのですが、イメージしていたのは、駅の改札口のところにいるハチの姿でした。ですから、ちょっと想像と違う気がしましたが、あとは挿絵も日本の昔話の絵本のようなタッチで、悪くありませんでした。図書館の人が「この本、すごく悲しいけど、いい本ですよね。」と言っていました。
私が好きだと思ったのは、フランス流の解釈とも言えるこの本の最後の部分です。以下、本文より引用します。
La nuit tombe vite à Tokyo. Dans la rue, des enseignes et des écrans vidéo géants clignotent. On peut facilement se sentir seul et perdu dans Tokyo. C'est une si grande ville!
Mais Hachiko est là, et chaque voyageur qui le voit peut se croire attendu, même dans une ville étrangères, même si loin de chez soi.
[拙訳]
東京の日は早く暮れる。通りにはネオンサインや巨大なビデオスクリーンが光っている。東京では、人は簡単に孤独を感じたり、一人で彷徨っているような気になることがある。それほど大きな街なのだ。
でもハチ公がいる。そしてハチ公を見た旅人は誰でも自分は待たれている、と信じることが出来る。異国の街であっても、故郷から遠く離れたところであっても。
東京でハチ公の像を見ても異国の街ではなかったからかもしれませんが、ここまでは考えませんでした。というか、ハチ公の姿は人の群れであまり見えませんでした。
この最後の部分からは、フランスから見た日本の都会のイメージを感じ取ることが出来ます。まず日が暮れるのが早い(特に夏はヨーロッパは日が長いので、日本は早く日が落ちるような気がするはずです。)という点、それから電飾の看板や巨大テレビが街角にある、というイメージ。そして人ごみの中で感じる孤独。
ハチ公が孤独な旅人の心を癒す存在だったとは。こういう解釈もあるのだな、と思いました。今もハチは渋谷の駅前で待っているのでしょうね。
Author:まゆの
フランスに住み始めて早16年。フランス語に限らず語学や語学学習にはいつも関心を持っています。フランス生活についても、個人的な視点で書いていこうと思っています。家族はフランス人の夫プー、長女のえ(12歳)、長男チッチ(8歳)次女奈々(4歳)の5人、プラス2007年8月23日から飼い始めたうさぎのクッキー。
余談ですが、野良になっても主人を迎えに上野駅へ通ったハチ公は、彼の姿に心打たれた駅前の焼鳥屋さん達のくれる余り物を糧に生きていたと言います。
もちろんハチ公のいた頃の上野はネオンというほどの繁華街もなかったでしょうけれども、フランス語のご本に書かれているとおり、みな「自分を待ってくれる場所、誰か」を、ちいさな犬に重ねていたのかもしれませんね。
しみじみです。