長女のえが1週間のオーケストラの合宿を終えて帰ってきました。リヨンから車で2時間半ぐらいのところにある山合いの村にあるバカンス村に合宿していたのです。
去年までOrchestre des juniorsというのに入っていましたが(関連記事は→こちらとこちら。)今年からOrchestre des jeunesという少し年齢的に上のオーケストラに入りました。去年までは一定期間週末に練習してコンサートをする、というやり方でしたが、このオーケストラは1週間の合宿で仕上げてコンサートを数回行う、というやり方で合宿参加のみでオーケストラが出来るというのが魅力です。毎週末通うのも大変でしたので、学校の休暇中に出来るし、レベルも少し高いというので、こちらにしてみたのですが、のえは大満足で帰ってきました。
合宿所には音楽指導関係の人以外にAnimateurと呼ばれる世話係が数人いて、のえたち未成年の世話とレクリエーションを担当していたそうです。宿泊は2-3人が一部屋で、成人男女、未成年男女の4カテゴリーに分かれており、のえは第2バイオリンの1歳年上の女の子と同室だったとか。毎晩夜に催しがあったそうですが、未成年は夜11時までと決められていて、のえは毎晩10時ぐらいに部屋に戻っていたそうです。最後の日は村のホールでのコンサートの後、キャバレーと称してAnimateurたちがショーをする他、合宿参加者による合奏(それも弦楽四重奏と言いつつ、チェロが一台しかなく不思議に思っていると四人で一台を弾き上手く曲になっていた、というような冗談めかした合奏)などがあり、大笑いだったとのこと。また世話係の一人で音楽とは関係ないお兄さんだと思っていた人がトランペットを吹いたらすごく上手くてびっくりだった、とも言っていました。(その人は実は指揮も出来て実はトランペット奏者だったそうです。)最終日の夜は未成年も1時まで起きていてもいいことになっていたけど、12時に帰ったそうです。他にもダンスパーティーがあったり、いろいろなゲームで盛り上がったりしていたようです。
参加者の年齢は14歳から26歳までで、のえのような中学生から大学生までいるわけです。見るからにおじさん、みたいな人もいたようですが、フランスでは年齢に関係なく話しかけたり友達になったりするのが普通なので、20歳前後の人が中心の第一バイオリンの中にいても、気の合う友達が出来たようです。
食事中や休憩時間の話も面白かったそうで、雰囲気も良くてとても楽しかった、朝から晩まで一緒にいてご飯を食べたり練習したりで家族みたいだった、と話していました。
面白可笑しいエピソードをいろいろ聞かせてくれましたが、そのほとんどが下ネタっぽいジョークで、若者はいずこも同じ、という気がしました。
また途中でAtelier de direction d'orchestra(指揮のアトリエ)というのがあり、指揮者志望の子が正指揮者から指導を受けたついでに、のえも指揮をさせてもらったとかで、何を指揮したのか聞いたら、
「La gamme de do majeur (ハ長調の音階)」
は?ですよね。途中でわざとすごくゆっくりにして、バイオリンの弓が足りなくなるようにして困らせたのですって。そのあと、ビゼーの「ファランドール」の一部を指揮したそうで、
「みんな、すごく言うことを聞くから気持ちよかったー。」
ですって。それが指揮の醍醐味?
去年は行かなかったのですが、今年はワインの展示会に夫と行って来ました。(→こちらに過去記事もあります。)
数年前に知人から入場券をもらったので初めて行きました。以後、時期になると購入したワイン農家から入場券が送られてくるので、一度行って何か買うと、翌年から無料招待券が来ることになります。去年行かなかったので今年は招待券が来ないかもしれない、と思っていたのですが、ちゃんと送ってくれました。いくつかの生産業者から届いたので、前にどんなワインを買ったのか思い出すきっかけにもなりました。このワインまだあったっけ?などと思って確認することにもなりました。
今年は平日に出かけたので週末に行った2年前より混雑が少なく、快適でした。
私が選んだのは以下のワインです。1ダースごとしか売らない展示会もあるようですが、この展示会は各醸造業者が自分のワインを持って参加していますので、1本だけでも買うことが出来ます。実際には6本ずつ買っている人が多いですけどね。というのも通常6本ずつのケースになっているので、その方がしっかり梱包してもらえて持ち運びにも便利だからです。ケースを積むためのカートが会場内で販売されていますから、それに積んでいくと持ち運びが楽です。2本、3本のケースを用意している業者さんもありますが、ケースがないとビニール袋に入れただけになってしまいます。今年は自前のボックス型のカートを用意して、梱包がなくても持ち運びが楽になるように工夫してみました。
うちはカーブと言えるようなものはなく、保存状態に不安があるので、あまり買い込むのも困りますし、第一あまり場所もありません。ワインを毎日どんどん飲む習慣もないので、それほど買い溜める理由もないんです。気に入ったものを1本から3本ずつ買うのが私たちの買い方です。
今回はブルゴーニュのワインを買おうと思って出かけました。今回はあらかじめ展示サロンのサイトで参加業者をチェックして、どの醸造元に行くのかも決めて会場マップもプリントアウトして持って行きました。
試飲したけれどあまり好きでなかったので買わなかったところもありました。真ん中のワインは夫がプレゼントしてくれたものです。(→誕生日の記事参照。)プレゼントしてもらうつもりでヴォーニュ・ロマネを試飲したのですが、明らかに今飲むのは早すぎ、と思えたので同じ業者が醸造したこれにしました。こういう展示会の欠点ですが、古いワインは置いていないので、高級な保存用のワインは熟成していないものを買って自宅で保存することになります。もちろんそれが一番経済的なのですが、我が家の事情には合いません。今すぐか来年ぐらいには飲めるものが理想です。というわけで夫からのプレゼントは考えていたより安いプレゼントになってしまいました・・・・。
右から2本目は瓶で分かると思いますがアルザスのワイン。ついつい試飲してしまい、美味しかったので買ってしまいました。アルザスのワインの独特の香りが好きです。
一番右はのえのために買いました。Clairette de Die、クレレット・ド・ディーという発泡酒で、のえが大好きなんです。甘口でアルコール度も8度と低めで、飲みやすいので子供が好みます。チッチも好きです。やはりお酒なので飲みすぎるものではないでしょうが、製造業者の奥さんが「うちも12歳の娘がいるけど、コカコーラを飲むぐらいならこれを飲んだ方がよっぽど体にいい。」と言っていました。私もそう思います。その他、夫がブルゴーニュの発砲酒を買っていました。
さて、買ったワインに合う料理は何か、といろいろ考える楽しみが出来ました。
今日は夫と奈々と3人で、サロン・ド・ショコラというチョコレート屋さんがあつまる催しに行っていました。(チッチは隣人のAくんの誕生会で隣の家に行っており、のえはオーケストラの合宿で先週から居ません。)もう暗くなった夕方6時半ごろ、家に帰って来たのですが、その時家の近所で仮装した子供(と言っても中学生ぐらい)のグループに幾つか遭遇しました。
サロンに行く時に道路わきに魔女の格好をした女の子四人が並んで車に向かって手を振っているのを見かけて、「そう言えば今日、ハロウィーンだった・・・。」と思い出しました。このときは昼間でしたし、小学生の女の子たちで仮装も可愛らしいものでしたので、悪い気はしませんでした。
でも私はやっぱり個人的にこの行事には賛同できない気がしているので(かつて→こちらの記事にも書きましたが。)去年はキャンディーなどの準備もせず、うちに来た子供にはドア越しに「うちはハロウィーンはやってないから。」で済ませてしまいました。子供たちも飴をもらいに行くのを禁止して外に出しませんでした。今年はのえも留守ですし、チッチはもともとあまり仮装には興味がなく、今年もパスしようと思っていました。
今日の仮装を見て改めて思ったのですが、骸骨の仮装で顔も髑髏の覆面をしている子も見かけましたし、グロテスクな怪物のお面もあり、やはりこの行事は感心しません。言ってみれば、子供が徒党を組んで覆面をして夜間徘徊し、物乞いや恐喝まがいの行為をする行事です。どう考えても親が子供にさせたいようなことではない気がします。
去年、隣人の子供たちはハロウィーンで近隣を回っていたので、もしかしてチッチも一緒に出かけたのかしら、と思って後で聞いてみましたが、「僕は行ってないよ。」とのことでした。良かった・・・。私がこの行事を嫌っているのを知っているはずですしね。
ハロウィーンがフランスにもどんどん普及してきたんでしょうかね〜。ネットを見ていたら「日本でもハロウィーンが普及してきました。」という一文をみかけました。本当なのでしょうか。憂いべきことのような気がしてしまうんですけど。
フランスにも日本にも、伝統的でもっと健全な行事がいろいろあるのですから、わざわざ外国から得体の知れないものを輸入しなくてもいいのに、と思ってしまいます。
10月は我が家では記念日が多い月です。まず3日の夫の誕生日。誕生日だから、というので夫が自分でケーキを買ってきました。我が家ご用達の高級ショコラチエ・パティシエで買ったものでした。財政難でちょっと小型?という気もしたのですが、味が洗練されているので沢山食べなくても満足できます。
オペラと呼ばれるチョコレートケーキで金粉がかかっています。リヨンのオペラ座のかまぼこ型の屋根にちなんで、リヨンではかまぼこ型のものがよく出回っているのですが、ここのはこんな普通のケーキになっていました。
私からのプレゼントはワイン。ブルゴーニュに用事で行った際にちょっと奮発して買ってきました。ラトリシエール=シャンベルタンというワインです。
チッチと奈々はそれぞれ絵を描いたカードを用意していました。のえは包装紙に包んだ小箱を差し出しました。のえが自分で包装したらしく小型の箱も再利用らしくて、なんだかよく分かりませんでした。夫が包みを開ける時にしきりと
Attention, c'est fragile. (注意して、壊れやすいから。)
と言っていました。中から出てきたのはこれ。砂糖菓子です。通学中にリヨンの中心街を通るのでそこのお菓子屋さんで買ってきたもので、こういうのがものすごく沢山並んでいるお店で、どれにしようかかなり長い時間迷ったそうです。
かわいいねー、ペンギン?と皆で話し合いました。
次は12日の結婚記念日。夫の誕生日には忙しくてあまり料理に時間をかけられなかったので、プレゼントしたワインは結婚記念日のディナーに飲むことにしました。マリネしたローストポークを作ろうと思ったので前日から準備にかかり、時間をかけてメニューを用意しました。
夫は花束を買ってきていたので、ワインと共に記念に一枚撮りました。
ワインは飲んでみてちょっと若いかな、と思いました。やっぱりあと2-3年寝かせて置いたほうがよかったかも・・・。でも夫が言うには、うちのカーブ(と呼んではいるけど単なる物置の隅っこ)では保存状態に不安があるので、早いところ飲んだほうが無難だ、ということで、結局今年飲んでしまいました。一日では読み終えられないので5日ぐらいに渡って毎日少しずつ飲みました。3日目ぐらいが一番美味しかった気がしました。
さて21日は私の誕生日。朝起きてすぐ奈々が「おめでとう。」と言ってキスをしてくれました。夕方夫はケーキを買って帰ってきました。今度は切り分けるタイプではなくて個人用のケーキ。選ぶ時に私に優先権を与えられたので、迷いましたが、右上のキャラメルムース付き洋ナシケーキにしました。奈々は左下のお饅頭のようなのを選び、中にマロン味のクリームとメレンゲが入っていて驚いていました。
夫の誕生日の時にのえが夫に
Tu me rendras la boîte. Je vais l'utiliser pour Maman.
(箱は返してね。お母さんに使うから。)
と言っているのが聞こえていましたので、内心また動物のお菓子かな、と思っていました。私は普段「好きな動物はカメ。」と言っているので子供たちは「私=カメ」という感じでカメのものがあると教えてくれたり、工作でカメを作ってくれたりします。だから今度も「カメかな。」と思っていました。箱を開けてみると、出てきたのはこれ。
カメではなくて牛でした。初め、帽子を被ってにっこり笑っている男の子?布袋様?と思ったのですが、よく見ると牛でした。牛の鼻の穴が目に見えていたのでした。かわいいので先の夫のペンギンと並べてお雛様のようにして飾ってあります。もったいなくて食べられません。
のえは「カメもあったんだけど、尻尾が妙に細くて長くて変だったし、全然可愛くなかったから牛にした。」と言っていました。
夫からのプレゼントはこの日はなく、今度行くワインの展示会で好きなのを一本買ってあげる、と言われました。高いのでもいいのかな〜。(あまりにも高いワインは置いていない展示会なので多分高くても70ユーロぐらいまでのはずなんですけど。)
誕生日も記念日もフランス語ではanniversaireなので、一くくりにしてみました。
日頃、なんとか子供たちを日本語の活字に触れさせたいと思っている私ですが、2年ぐらい前でしょうか、のえが学校の友達から借りたChocolat et Vanilla という漫画を読んでいました。
シュガシュガルーンという日本語の漫画の翻訳なのですが面白いらしくて、続きが読みたいけどまだフランス語版は出ていない、というので、これはチャンス!と思い、「続きを日本語で読んでみたら?」と水を向けてみました。関心を示したので、当時フランスではまだ出ていなかったコミックの7巻と8巻を注文してみました。好きな漫画なのですぐ夢中で読んでいました。それまで日本語では国語の教科書と絵本とぼくは王さまシリーズぐらいしか読んでいたなかったので、一気に読書が可能になったというか、可能性に気がついたみたいでした。
以後、私が読んで面白いと思ったヒカルの碁を日本語で読ませたかったのですが、なかなか手に取ろうとしなかったので、フランス語版を3巻まで買ってさりげなく置いておきました。
するといつの間にか3巻までフランス語で読み終えて、続きを欲しがりましたので「日本語なら全部あるよ。」と言うと最終巻の23巻まで日本語で読んでいました。この漫画は日本語もきちんとしていますが、フランス語もやはりきちんとしたフランス語が中心です。登場人物も大人や品行方正な人が多いですからね。
そして今、私が日本の漫画のフランス語版を読んでいます。神の雫 という漫画です。比較的硬派な雑誌であるUlysseや Science &Vieの書評欄で高く評価されていたので興味を持っていたところに、フランス人から面白かったと言われたので読んでみようと思ったのです。普段は日本語が原文のものをフランス語で読むのは嫌いなのですが、原作の日本語版を取り寄せるのは高くつきますし、ワインの話ならフランス語で読んでも違和感がないかもと思い、フランス語で読むことにしました。知っているワインが出て嬉しかったですし、楽しんで読んでいます。
フランスでは日本の漫画は大変な人気で、どこの書店でも専用のコーナーが設けてありますし、フランス製日本風漫画(コミックの体裁や絵が日本の漫画とそっくりで登場人物の名前まで日本風なのですが、作者はフランス人で翻訳ではありません。)まで出ています。書店の漫画コーナーはSHONEN 、SHOJO、 SEINENに分かれていて、何のことかと思えば「少年」「少女」「青年」のことみたいです。日本ではもう古くなったような漫画も翻訳が出ていますし、子供ばかりか大人までファンがいて、公立図書館や学校の図書館にも置いてあります。
今年になって人気漫画のだめカンタービレの仏語訳が出ました。テレビのドラマでも見たのでのえは関心があるようなのですが、日本語版はパラパラと見ただけです。漢字に振りがながないので読むのが苦しいらしいです。学校の友達がこの漫画を面白がっているそうですが、「のだめ」のことをノダムと呼んでいて変なんだとか・・・。
チッチは学校の友達にドラゴンボールという漫画を借りて読み、面白かったというのでこちらも日本語版を購入しました。50巻以上もあるので1-2冊ずつ買っているところです。日本語では絵本以外には読まなかったチッチですがとても面白いとかで読みふけっていました。
好きで興味があれば多少難しくても読み進みますよね。フランス語学習者の方が好きな漫画のフランス語版を読むとか、原作の日本語と比べながら読むとか、漫画を語学の学習にも生かす道もありそうです。
のえによると、初期の日本語からの翻訳漫画はフランスの習慣に合わせて綴じる向きが逆になっていてページが不自然なものがあるそうですが、最近のものは日本語の原作を尊重するということで、原作と同じ右綴じで原作に忠実なのだそうです。
のえはフランス語は「オノマトペ(擬音語・擬態語)が貧乏」だと言っていました。つまり漫画の中で豊富に使われている擬音語・擬態語が乏しく、もとの日本語のカタカナの横にフランス語が入っているのを見るといつもワンパターンだったり日本語ほど感じが出ていないものがあったりする、ということだそうです。私もついついもとの日本語を想像しながら読んでしまうことがあります。
フランス人の日本語学習者には日本の漫画が好きで日本語を勉強したいと思った、という人も多いですから、日本の漫画の人気は日本語の普及にも一役かっていそうです。
夏休み後半から小学生の息子チッチの家庭学習に力を入れるようになりました。
チッチは小学校に入ってからずっと勉強は嫌いではなく、成績も比較的いい方で、普段は学校の宿題を中心にし、バカンスの間は市販の家庭学習用のワークブックをさせる程度でした。
しかし夏休みも後半になって新学期のために学校の物を整理させると渡し忘れていたという成績評価表やテストが出てきました。見ると成績がガタ落ち。先生のコメントには「難しくてもあきらめずに頑張りましょう。」みたいなことが書いてあります。テストなどを見て、基礎が足りていないと思ったので、小学校最後の学年である今年CM2は大切だから、と本人に言い聞かせ、一緒に勉強の本を買いに行きました。
チッチが選んだのはカラー刷りでイラストの多い薄いワークブック形式のものではなく、算数の文章題、計算、フランス語文法、動詞の活用、がそれぞれ一冊になっている真面目な装丁の本でした。それに加えてディクテの本を買いました。今のところディクテが特に苦手というわけでもなさそうなのですが、動詞の活用や文法が苦手なようなので、いつの日か必ずやディクテも苦手になる日が来るに違いありませんから、そうなる前に勉強しておこう、というわけです。
で、宿題が多い日は免除にしたりしてはいますが、下の本からほぼ毎日一題ずつやっています。
Dictéeは要するに書き取りですが、日本語の漢字の書き取りにはない難しさがあります。フランス語は動詞の変化や形容詞や名詞の複数形の語尾、過去分詞の語尾に発音に影響しない綴りがあり、文法を分かって書かないと間違えてしまいます。また外国人には逆に分かりやすくて私は困った経験がないのですが、ces, ses, c'estや、 etと est、aと àなど、意味による書き分けがあり、子供には区別が付きにくいようなのです。
間違いやすいところはいつも同じなので、何度も練習することによりコツを掴めれば、と思ってやらせています。この本のいいところはテキストがバラエティーに富んでいることです。学校生活や日常生活の描写のような数行の文章から、科学的、社会的な内容の文章、動物の生態や歴史についての文章もあり、内容的にも単調ではなく、知らなかったー、と思うこともあり、読んでいて意外に興味深いです。文の長さも、2行ぐらいのごく短いものと7-8行続くものとあります。児童書などから抜粋した文章が多く含まれており、各々出典が書いてあります。
また文章の内容について質問が幾つか設けてあるものもあり、読解力と文法知識のチェックも出来るようになっていたり、ディクテの前に準備用の問題がついているものもあったりします。学校ではauto-dictéeと言って暗記して書くというディクテもありますが、それ用の文章も含まれています。(うちではオートディクテ用の文も普通のディクテとして使っていますけど。)
フランス語学習者の方にも役立つのではないかと思ったので紹介することにしました。2色刷りのハードカバーで長く使えそうな本です。
Des constructions géantesという文章の中に、
Il n'y que deux constructions humaines visibles de l'espace : la Grande Muraille de Chine et l'aéroport de Kansaï, au Japon, bâti sur une île artificielle.
(人類が造った建築物で宇宙から見えるものは二つしかない。万里の長城と人工島に建設された日本の関西空港だ。)
という下りがあり、ちょっと感動しました。その他、環境問題に触れる内容の文の時にディクテをしながらチッチと内容について話し合ったこともあります。
ディクテをするだけなら必要ありませんが、別冊で解答も売られています。準備用の問題とディクテ用の発展問題の解答が載っています。こちらです。→ C.L.R. : 450 dictées, CM (Manuel du professeur)
さてチッチの勉強態度ですが、進んでやる日があるかと思うと、嫌だとかぐずぐず言っていてなかなか取り掛からない日、叱り飛ばしながらやらやらなければならない日、などかなり態度にムラがあります。時には機嫌よくやっていることもあるので、家庭学習を続けることにより自信がついていけばいいな、と思っています。
来年は下の本でしょうか。
こちらは6e用の dictéeで、書店で見ましたら、ハードカバーではなくソフトカバーでワークブックのような装丁でした。出ている文は書下ろしではなく、文学作品などからの抜粋で出典が明記してあります。私にも勉強になりそうな本のようです。
去年の夏に続き(去年の記事は→こちら。)、今年もロシアからバイオリンの先生が来ていたので、のえはまた2週間の講習会に参加しました。今年は2回目で勝手が分かっていたので、最後のミニコンサートのためにピアニストもあらかじめ頼んでおきました。準備していた曲はべリオのバイオリン協奏曲1番、テレマンのファンタジーの1番、モーツァルトのソナタ(確かホ短調)の3曲。このうちの2曲がピアノ伴奏付きなので、7月に電話で頼み、楽譜を送っておきました。
今年のピアニストはFくん(彼は学校のコンサートで活躍したので→こちらに関連記事があります。)。去年ピアニストをしてくれて先生にも好評だったGくんに今年もお願いしようと連絡すると、9月にコンクールを受けることになったから悪いけど練習する時間がない、と言われたのだそうです。去年、のえの伴奏のためだけに10時間以上も練習したというGくんならではの発言です。
Fくんに電話すると去年のことを知っているので「Gには頼んだの?」と聞かれたそうですが、事情を説明すると承諾してくれて、曲目を伝えると「モーツァルト?その曲、大好きだよ。」と喜んでいたそうです。
講習が始まって、先生に1年ぶりに会ったわけですが、大きくなった、きれいになった、と褒めて(?)くださったそうです。練習曲なども見てもらいましたが、途中からコンサートはテレマンとモーツァルトの第一楽章のみに絞られたみたいです。
Fくんはピアノの楽譜を見て「ベリオは難しくない。やっぱりモーツァルトをやりたいな。」と言っていたのだそうで、モーツァルトだけになったとメールすると「両方とも同じくらい練習してあるからOK」とのことでした。(さすが真面目なFくん!) ピアニストとの練習が始まると、Fくんのお父さんが、毎回学校からレッスン場までのえも一緒に車で送ってくれたんだそうです。Fくんのお父さんとは結局私は会わずじまいでしたが、感謝しています。レッスン前にコンセルバトワールに部屋を取り、二人だけで練習した日もあったとか。Fくんは控えめな感じの男の子ですが、将来作曲や指揮をしたいと言うだけあって、音楽の知識が豊富で、のえに曲の作られた背景などを教えてくれたのですって。(教えてもらう前に自分で調べなさいよ、のえ!)
さて昨日のコンサートの二人の演奏ですが、またまた去年のGくんとの時と同じく、ろくに挨拶もなく演奏を始めてしまいましたが、とてもきれいでした。去年とは曲が全然違うので一概に比べられませんが、のえも上達したと思いました。Fくんも熱心に練習してくれたことが見受けられましたし、バイオリンとピアノの会話のようになっているところも息がぴったり合っている気がしました。会場に来ていたFくんのお母さんも「きれいだった。」と満足そうにしていました。
レッスンに行く途中や二人での練習の時にFくんといろいろ話す時間をもてたので、その時に「今年の学校でのコンサート、二人で出よう、現代音楽は好き?」と聞かれたので「あまり好きじゃないけど、面白いのもある。」と答えるとFくんは大好きだとかで、モーツァルトでもいいけどと言いながらWebernとかがやりたいな、と言っていたのだとか。そんな作曲家を知らないのえは家で調べて「こんな難しいの弾けるかな。」とつぶやいていました。
コンサートの後にお礼を言うと、「コンセルヴァトワールの先生の前で弾くならピアノの伴奏するし、発表会でこの曲を弾くなら、また練習しなきゃいけないだろうけど、弾くから言ってよ。」と言っていました。優しい感じですし、本当に音楽が好きなんだな、と思いました。
のえが一番面白がったのは、Fくんのレッスン参加第一日目の感想です。
Je n'ai jamais imaginé que le cours était en russe.
(レッスンがロシア語だとは夢にも思わなかった。)
べらべら〜〜と注意されて絶句状態だったそうです。のえによるとのえのロシア語理解力も向上したそうですが、レッスンには毎回ボランティアの通訳さんがついていました。Nさんたち、大変お世話になりました。どうもありがとうございました。そして、Fくん、またのえにいろいろ教えてやってね。
フランスの小中学校の教科書が学校からの貸与である、と言う話は以前書きました。(2007年の記事です。→こちら。)
新学期の初日に学校から帰って来たのえがこんなことを言いました。
「教科書、全部もらえたよ。」
そんなの当然でしょう、と思ったのですが、もらえなかった子が居たんだそうです。
なんでも教科書を配布する時に、先生がD君は一番前に来なさい、と呼び出したんだとかで、その理由は去年教科書がなかった・・・・(汗)、ですって。同じ子がまた今年もない、なんてことにならないように、という措置らしいんですけど、足りなくならないように出来ないものでしょうか。
このDくん指名で教科書の数が足りないのを察知したのえは列の前にダッシュ、生徒の列の前の方に並ぶことが出来、全教科の教科書を無事受け取れたそうです。アルファベット順に並べ、とか言われるのを恐れていたらしいですが、それはなかったのですって。(苗字のイニシャルがアルファベットの後ろの方なんです。)
しかし、この教科書がない、という話、今はなくても後で届くのだと思ったのですが、去年1年間フランス語の教科書がなくて困っていた子もいたんだとか。そんなこと、考えられます?教科書なんて一番なくてはならないものでしょう。
今年は一冊もない子が数人いて、白黒のコピーをもらっていたんだとか。それで一年間しのげってことなんでしょうか。気の毒過ぎます。
のえによると、今年は教科書が本当に足りなくて、学年全体でフランス語の教科書が26冊、歴史・地理の教科書が14冊足りないのだそうです。3クラス70人程度しか居ないんですよ。それでこんなに足りないって、本当に全然足りてないじゃないですか。どういうことなのでしょう。去年の3èmeに比べて、今年ののえたちは人数が多い、と言うのですが、今年の大体の人数は去年から分かっていることですし、おととしは去年より多かったかもしれないので、そんなの理由になりません。
去年のえたちの学年からドイツ語の教科書を変更したので、新しい教科書を購入したからじゃないか、とものえが言っていましたが、ドイツ語を第2外国語で選択した生徒は7人しか居なくて、その教科書代のせいで他の教科書が買えないって、フランスの公立校はそんなに貧乏なんでしょうか。何がなくても教科書だけは買え!学校だろう!と責めたい気持ちで一杯です。
教科書は無償で配布されて当然、という日本からすると、嘘のようないい加減さです。ぼんやりしていたら教科書も貸してもらえないって、そんなことでいいのでしょうか。夫にこの話をしたら、さすがに信じられない、と言っていました。フランスの学校はなんでも全員同じ、ということがあまりなく、ばらばらだったり個人の自由だったりすることが多いので、型にはめすぎなくて良い、と思うこともありますが、どの子も教科書の心配をせずに勉強させてあげたいものです。
9月2日より、新学期が始まりました。のえは今年から3èmeと呼ばれる中学最後の学年、チッチはCM2 で小学校最後の学年、奈々はGrande Sectionに入り、こちらも幼稚園最後の年です。(ブルターニュの写真がまだあるのですが、追々アップしていきます。)
のえは二日の午後のみ学校へ行き、時間割や新しい教科書をもらって来ました。クラスは持ち上がりなので驚くことはなかったのですが、4人転校や退学で居なくなっていたとのことでした。
下の二人は水曜休みなので新学期は翌日、3日の木曜日でした。チッチは今年から一人でバス通学することになり、8月末にバスに乗る練習を私としましたし、9月1日には真新しい定期券で一人で学校まで往復したので、自信を持って出かけていきました。
奈々は今年から近所の幼稚園に移りました。来年から近所の小学校に通うことになるので、今年からそこに併設されている幼稚園に入って慣れさせよう、というわけです。朝、幼稚園に行く途中で近所の友達に会い、結局その子と同じクラスだったので何の問題もありませんでした。送り迎えをする私のほうが、勝手が分からずまごまごしていたぐらいです。
さて、学校一日めの子供たちを迎えてげんなりするのが、記入する書類の多さ。住所や電話番号はもちろん予防接種の日付、保険の番号、かかり付けの医師の連絡先、保護者の勤務先や緊急連絡先、など同じようなことをいろいろな用紙に書き込みます。それから給食や朝夕のGarderieとか Etudesと呼ばれている学童保育のようなサービスへの申し込み書に加えて、校内規則の紙や持ち物や学用品のリスト、保護者会の案内、そして今年はインフルエンザについての説明書もありました。手洗い、うがいの徹底などの注意に始まり、学級閉鎖の基準やそれに伴う措置についてです。そういったものに全て目を通し、必要事項を記入したり署名を入れたり、と中学生ののえは私の仕事軽減を考えて自分で記入できるところは全て記入してありましたが、それでもこれだけで時間を取られます。
それから教科書は学校からの貸与ですから汚れないように一冊一冊カバーをつけます。ワークブックは自分で購入しているのですが、それもカバーが必要で、科目数の多い中学は作業に時間を取られます。
あー、もう大変だなーrentréeは・・・、と毎年つぶやいています。フランス語では新学期をLa rentréeと言いますが、「戻ってくる」という意味で、バカンスが終わって戻ってくるということですから、「新学期」に比べて晴れがましさが少ないような気がするのは私だけでしょうか。(この言葉は9月の新学期だけでなく、各小バカンスの後の学校開始や、社会人の休暇明けにも使えます。)
そして土曜日の今日はスポーツなどのアソシエーションの申し込み日でした。市内の体育館にいろいろな活動をしているアソシエーションがスタンドを並べ、そこで問い合わせや申し込みをします。のえは陸上クラブに入りたいとかで練習場所や時間や練習内容などを自分で質問していました。奈々は何かスポーツをさせようと体操クラブに入ることにしました。チッチはテニスとチェスのクラブに申し込みました。夫は射撃クラブです。私も何かやりたかったのですが、時間的に自信がなくてやめました。来年何か出来れば、と思っています。
スポーツなどのアクティビティーは9月後半から始まります。コンセルヴァトワールが始まるのは9月半ば。
春に新学期を迎える日本に比べて、秋に新しいことが始まるのも変な気がちょっとしますが、やっぱり新しい環境や活動が期待や緊張などを抱えて始まる季節なんですよね。
ポンタヴェンで見たブルターニュの民族衣装パレードの続きです。
村によってはreine(女王)と言ってお祭りの時などに花形になる女性を選んでいるところがあり、美人コンテストのようなものだと思うのですが、そういう女性が何人か近隣の村から参加していました。
私はパレードでミスなんとかが出る、と言うと山車やオープンカーに乗って優雅に手を振っている、というのを想像しますが、なんと女王なのに徒歩で参加していてちょっと意外な気がしました。下の真ん中の白い衣装に青いリボンをした人が近隣の村の女王です。この人はまだお供の女性がいるのでまだいいですが、たった一人で花束を持って歩いている女王もいました。
パレードの最後は地元ポンタヴェンの人たちで締めくくりました。ポンタヴェンの旗が先頭だったのですぐ分かりました。
ポンタヴェンのパレードで一番盛り上がったのは今年の女王とお付きの女性たちを乗せた山車が通った時です。一番上の真ん中にいるお嬢さんが女王なのですが、ノエミ・ミヨーさんというらしく、ポンタヴェン市内の商店の店先など、あちこちに名前入りで写真が出ていました。ポンタヴェンの衣装は上の写真でも見られるように頭のレースが王冠のような形をしており、胸にカラフルな刺繍が入っているものらしく、分かりやすいのでよく知られている、とGさんが言っていました。
パレードの人たちは小さい子供も含めて、観光客がカメラを向けるとわざわざポーズを取って立ち止まってくれたり、にっこり微笑んだり、となかなかサービス精神旺盛でした。
そうそう、書き忘れましたが、パレードの始まるすぐ前に教会のミサがあり、ポンタヴェンの女王たちはミサに参列していたようです。ミサが終わったすぐ後に教会からパレードが始まりました。昔から続いている習慣なのでしょうね。
パレードの途中でも女王のノエミさんやその他の人の家族なのか友人なのか、山車に向かって名前を呼んだり話しかけたりしている人もいて、村の行事っぽくて興味深い気がしました。仰々しいパレードではなく参加している人も楽しんでいる感じだったのが良かったです。
この作家の名前は他の本で見たことがあり、なんとなく気にかかっていましたが、読んだことはありませんでした。2008年にノーベル文学賞を受賞したフランス人作家らしいです。今回チッチのために本を探していて、この本が目に付いたので読んでみました。私は木が好きで、と言ってもただ漠然と好きなだけで知識はないのですが、「木の国の旅」という題名に心惹かれるものを感じました。
作品紹介の中にpoétique 「詩的」という言葉があり、表紙も詩的な感じです。
さて読んでの感想ですが、子供向け(8歳から、とされています。)な本だけに平易な文章ですが、確かに文章は美しく、音読したり暗誦したりするのにもいいかも、と思いました。
ただ、この本は子供が読んで面白いのだろうか、と思ってしまいました。主人公は男の子なのですが、話の内容は詩的メルヘンを求めたくなった大人向け、という気がするのです。子供が読むにはストーリーがはっきりせず、森を歩いて木々の声が聞こえるという少年に子供たちが共感できるかはちょっと疑問です。
でもフランス語学習者の方にはいいかも、と思ってここに紹介することにしました。カラーの挿絵が入っており、ペーパーバックサイズですが、イラストを楽しめる本でもあります。36ページの薄い本で、文法も語彙も複雑ではないのでフランス語初級の方も読めます。
追記: 今朝、学校へ行く前にこの本を読んだ、とチッチが言っていました。とても面白くて好きだった、とのこと。もっとドキドキハラハラする話が好きだと思っていたので意外な気がしました。(2009年9月7日)
ブルターニュでのバカンス中、何かとお世話になった夫の叔母であるGさんが、ポンタヴェンでブルターニュの民族衣装のパレードがあると言うのでみんなで出かけました。同じ日にロリアンでもインターセルティック祭の一環で民族衣装のパレードがあったらしいのですが、ポンタヴェンの方が小規模な分、人出も少なく間近に見られると聞いてこちらを選びました。後で新聞でロリアンのパレードの写真を見ましたが、国際的で大規模で見物客の数も桁違いでした。
私はロリアンのインターセルティック祭に2回行ったことがありますが、その時に見たブルターニュの民族衣装のイメージは「真っ黒」というものでした。黒を中心に白、グレー、ととにかくモノトーンで他のケルト民族と比べて地味、というのが私の印象でした。行く前にその話をGさんにしたら、「確かにモノトーンが多いけれどもカラフルなものもある。」と言われました。
下の写真で見るように黒白が中心ですよね。(カラフルな衣装は後半に載せます。)女性がレースの頭飾りをしているのがブルターニュの特徴なのですが、そのデザインが村ごとに違っていていろいろあるのが面白いです。いろいろな村からいかにも村民という感じの人たちが民族衣装で着飾って参加していました。
ただ黙って、あるいは手を振りながら歩くだけというグループもありましたが、踊りを披露したり、民族楽器を演奏しながら行進する楽団もありました。
ブルターニュの名物料理と言えばクレープです。でもブルターニュでなくてもわりとどこでも売っています。カフェのテラスで焼いて売っていたり、お祭りなどで屋台のクレープ屋さんも見かけます。
でもブルターニュで食べるクレープは格別に美味しくて、美味しいクレープを食べたいならブルターニュに限ります。そして本当に美味しいクレープを一度食べたら、他のところのいい加減なクレープは口にしたくなくなってしまうんです。
比較的安くて気軽に食べられるものなのでアルプス方面に出かけたときにクレープ屋さんで食べて、吐きそうにまずかったことがあります。リヨンに引っ越してきたばかりの頃、クレープ屋さんで食べたクレープが高いのに美味しくなくてがっかりしたこともありました。以前住んでいたナントは歴史的にはブルターニュに属していますので、やはり美味しいクレープがあったんです。
というわけで、ブルターニュでは絶対にクレープを食べようと行く前から決めていました。写真はライタという川沿いにある自然保護地区内にあるクレープ屋さんで撮ったものです。クレープ専門レストラン、といった感じで、分厚いメニューに幾種類ものクレープが載っていました。
下はのえが注文したcrêpe nordique、北欧風クレープ。saumon, oeufs de lump, crème fraîche (サーモンとランプフィッシュの卵と生クリーム)のクレープです。
右上はシードルです。ブルターニュではこのようなお椀(フランス語ではbolですが。)で飲むのが伝統です。
下は私の注文した海の幸クレープ。帆立貝coquilles Saint Jacquesとエビcrevettes、ムール貝 moulesが入っていました。普段はハムとチーズとマッシュルームのクレープが好きなのですが、ここではこれにしました。でもこれはメインディッシュとした注文したもので、前菜にプレーンなクレープ、crêpe au beurreを食べました。まずバターだけのクレープでそのお店のクレープの味を味わう、という夫のやり方に倣ってバターだけのクレープをまず食べることが多いです。
7月の最後の週から8月10日まで家族でブルターニュに行っていました。滞在していたのはKergroës(ケルグロワーズと読みます。)という小さな村です。ロリアンとポンタヴェンの間のポンタヴェン寄りの海岸に位置します。
ブルターニュと言えば海や海岸ですが、一般的なイメージは、海水浴とか舟遊びとか、さんさんと輝く太陽の下のアバンチュールではなく、
côte sauvage (自然のままの海岸 = つまり開発されていない)
crachin breton (ブルターニュの霧雨)
とか暗い感じがします。
6年ぶりにブルターニュに行ったわけですが、とにかく気温が低くてびっくりしました。リヨンと比べて10度ぐらい違います。しかも雲が厚い・・・。もちろん天気の良い日もあるんですけど、どんより暗い日や湿気が多い日が多くて、リヨンとの気候の違いを改めて感じました。
子供たちは海水浴を想像していたようですが、sentier côtier つまり海岸沿いの道ですが、下の写真のような道を何度か散歩しました。
釣り人や海で泳いでいる人も見かけたことがあります。一度など風が強く気温も低かったのですが、せっかくだから、と霧雨の中散歩したこともありました。上の写真です。その時、海で泳いでいる人を見て長女が「こんな日に裸で水に入るなんて・・・」と言っていました。
海岸に下りて貝やえびを探したこともあります。
昨夜はペルセウス座流星群が近づいていて見えるというので、家族で見に出かけました。一昨日から昨夜までがピークで、特に夜8時から10時が流星が多い、と新聞に書いてあったのですが、夜10時以前は明るくて星なんて見られません。そこで夜10時20分ごろ出かけました。
出かけると言っても、行ったのは家のすぐ裏の森の向こうにある普段prairie(草原)と呼んでいるところで、歩いて2-3分です。のえはネグリジェの上から上着を着て奈々はネグリジェに靴下と靴、という変ないでたちでした。チッチは普段よく草原に出入りしていて、あそこはortieイラクサ(触るとかぶれます。)が多いから、と言ってわざわざ長ズボンに履き替えていました。
森は明かりがなく真っ暗なので懐中電灯を頼りにそろそろと進み、草原に出るとのえが持ってきていたマットを広げ寝転がって空を見ました。
実は私は今までに流星を見たことがなく、数年前に夫と見に出たときも夫だけが歓声を上げていて私は一つも見ることが出来ませんでした。だから正直、今回も全然期待していなかったんです。
でも、今回はしっかり見ることが出来、感激でした。一つ目は明るく輝く星が長い距離を流れて、既にこれだけで満足だったのですが、その後、1時間弱の間に、7つ見えました。とりわけ7つ目のが明るくて大きく、消える前にひときわ強く輝いたのが印象的でした。
チッチは14個見たそうで、のえは10個、夫は6つか7つ。あまり意味が分からず集中していなかった奈々も二つは見たようです。飛行機と勘違いしているようなことを言っていたので、星だと理解出来ているのかは疑問ですけど。
夜、草むらに寝転がって子供たちと「まだ来るかなー。」「あれは飛行機だ。」「人工衛星だよ。」とか空を見ながらおしゃべり出来たひと時を持てたのは幸せだったと思います。「こんなすぐ家の近くで見れるって便利だね。」とのえ。本当です。
雲はないけど月が明るいからどうかな、と夫が言っていたのですが、たくさん見られてみんな大満足でした。みなさんもご覧になりましたか。
流星はフランス語でétoile filanteと言います。ペルセウス座流星群はPerséidesと言うそうです。
今日、奈々に頼まれて五味太郎の「正しい暮らし方読本」を読んでやっていると、のえがやってきて隣に座り、一緒に笑いながら聞いていました。
のえはもう中学生ですから絵本を読み聞かせることもなくなり、日本語の読み物は自分で読む漫画ぐらいですが、久しぶりに一緒に笑いながら読みました。この本は実は5歳の奈々にはちょっと難しいのですが、あまりにのえが面白がっているので奈々も大人しく聞いていました。
五味太郎は好きな作家で他の絵本も何冊か持っています。3年前に日本に行ったときに原画展を見に行き、そこの売店で買ったのがこの絵本です。文章に独特のユーモアがあり、絵の表情と相まって笑いを誘います。
全部読み終える前に奈々が眠くなってしまったのでのえは部屋に持って行き一人で続きを読んでいました。読みながら笑っているが聞こえていましたが、あとで「これって笑えるけど馬鹿じゃない。ちょっとphylosophique(哲学的)だよね。」と言っていました。「他にこういうのないの?」と言っていたので次は「ことわざ絵本」を買おうと思います。
この本は実は大学生の頃買って持っていました。フランスに来る時に手放したようで、今は手元にありません。
まだカタカナを覚えていない奈々には「ステキナカタカナ」という絵本でしょうか。
五味太郎のイラストの色調が好きです。
この人の絵本はフランス語にも翻訳されていて、書店や図書館でも見かけます。例えばうちにある「いったでしょ 」という本のフランス語版はこんな感じです。 フランス語の題は"Je te l'avais bien dit"です。
そして私は「さる・るるる
」という本が好きで、実は主人公のさるのぬいぐるみを持っています。原画展で売っていたので飛びつくように買いました。本に出てくるの、と言って、さるのぬいぐるみを大事に抱えていた私に、夫は
Il s'appelle comment? (名前はなんと言うの?)
と聞きました。そこで
「さる」
と答えたら笑われてしまいました。でも本当に「さる」なんだもん・・・。
ときどき、買ってきた野菜に変な形のものが混じっていることってありますよね。ハート型のじゃがいもがあったり、にんじんが足のように2本に分かれていてしかも分かれ目のところに小さいにんじんがちょこんとくっついていて、笑ったこともあります。
変な野菜を発見するのは大抵夕方、夕飯の準備をしている時です。変な形が見つかると、ついつい人に見せたくなり、私はわざわざ子供を呼びます。
ねぇねぇ、見て見てー。ちょっと来てー。
今回はトマトでした。これです。
私は天狗トマトだと思ったのですが、子供たちは角ありトマトだと言っていました。
のえが写真を撮ってくれましたが、みんなでトマトを囲んで笑った和やかなひとときでした。
もうすぐ10歳になる息子チッチは去年の夏はチェスに凝っていましたが(その記事は→こちら。)、その後小さな試合に何度か出てトロフィーやメダルをもらったり景品をもらったりしました。毎日やっているわけではありませんが今も好きで続けています。
この頃チッチが凝っているのはディアボロという遊びです。下の写真がそれです。
近所の友達が持っていたのでやらせてもらったのがきっかけで興味を持ったそうです。パリのおばあちゃんから誕生日に何が欲しいか聞かれたときに「Diabolo」と答えていました。名前だけでは私はどういうものかよく分からず、チッチの説明を聞いて、時々子供がやっているのを見かけるおもちゃであることが分かりました。
上の写真のように糸で吊るようにして手を上下に動かしてディアボロを回し、スピードをつけて空中に飛ばしたり、糸の上で弾ませたり、といろいろなことが出来ます。
誕生日は8月ですが、夏休み中に出来るようにと、おばあちゃんが早めに買って送ってくれました。届いた時は大喜びだったチッチですが、包みを開けると「なんか、小さいな。」と一言。やり始めたら勝手が違っていて友達のではもっと上手に出来たのに何も出来ない、とふくれて泣き出してしまいました。
単なる遊びですが、出来なさそうだと努力する前に止める、という癖をつけるのは教育上良くないと思い、どうして出来ないのか聞いてみました。なんでもディアボロの大きさがずっと小さくて安定が悪く、すぐ落ちてしまう、とのことでした。せっかく興味を持ったのにここで止めるのも良くないと思い、インターネットでディアボロについていろいろ調べてみました。
私は全く無知だったので、暇な子供が単にちょっと遊ぶものだと思っていたのですが、実はいろいろな技があり、国際競技会もあり真面目に練習している大人もいるということが分かりました。ディアボロも、年齢や技術のレベルに合わせていろいろな種類があるんです。ここ何ヶ月かずっと欲しがっていましたし、大して高いものでもありませんでしたから、ネットの専門ショップで注文しました。いろいろなモデルの中から10歳から15歳用で、初心者から上級者まで使えるもので、あまり高価すぎない物を選びました。鮮やかな色で無地の物が多い中、模様が付いているモデルでちょっと変わっていました。イギリスのメーカーのものです。何色かあったのですが、チッチは赤黒白のモデルを選びました。上の写真がそのディアボロです。
新しいディアボロが届くと分かって気を取り直したチッチは、届くまでの間、小さいディアボロで練習を始め、最初は全く出来なかったのが、一日何時間も練習して少しずつ回せるようになっていきました。
そしてチッチのMarraine(教母)のIさんと電話で話している時にチッチがディアボロに夢中だと言ったら、ディアボロ用の棒を誕生日にプレゼントしてくれることになりました。私は本体だけ注文して棒は今持っているものをとりあえず使おうと思っていたのです。棒もいろいろ種類がありIさんはかなり迷ったそうですが、丈夫そうだったからということで、グラスファイバーの棒を選んでくれました。
そして一昨日、なんとディアボロと棒が同じ日に別々に届きました。小さい子用のおもちゃに比べると倍ぐらい大きく、重いので安定もよく、回転スピードを上げるのも簡単なんだとかで、大満足でした。ただ重さがあるので手が疲れやすく、小さい子には向かない、とチッチが言っていました。
棒も軽くて細く、使いやすいようです。下のようにディアボロを棒に乗せて転がす技は、前の太目の木の棒では上手く出来なかったのが、新しい棒を使ってしばらく練習したら出来るようになりました。写真はディアボロを棒から糸に戻しているところです。糸に戻してまた回転をつけ、次の技に移るわけです。
7月14日はご存知、フランスの革命記念日ですね。この日は1789年のバスチーユ襲撃の日に当たり、これが革命の発端であると見なされています。革命によって共和国となったので、建国記念とも言えるこの日には国をはじめ地方自治体がいろいろな催しを行います。(下の写真はフランス語ウィキペディアdéfilé du 14juilletから取りました。)
その一つでもっとも重要と思われるのがシャンゼリゼ通りのパレードです。凱旋門のあるエトワール広場からコンコルド広場までをパレードします。コンコルド広場には大統領を始めとする国の要人や外国人招待客のいる観覧席が設けられます。
パリに住んでいたとき(ミッテラン大統領の時代ですから随分前ですね。)にこのパレードを見に行ったことがありますが、パリを離れてからはテレビ中継で見物しています。毎年必ず見るというわけではないのですが、今年はもうすぐ10歳になるチッチが見たいというのでパレード開始前からテレビFrance 2をつけて待ち構えていました。
パレードと言うと、私は名古屋出身なので大名行列を思い出しますが、そうでなければ伝統装束のパレード、ブラスバンド、バトントワリング、ダンス、あるいはミス日本などの美女を乗せた山車でしょうか、いずれも歴史的、あるいは軽快で華やかなものを想像します。
革命記念日のパレードも華やかと言えば華やかなのですが、軍事パレードのような様相を呈しています。国威の誇示でしょうか、軍事色の濃いパレードです。
毎年パレードは共和国衛兵の騎馬隊の行進で封切られることが多いです。革命時代から変わっていないと思われる扮装でらっぱを吹き鳴らしながら進みます。その後、士官学校の生徒の行進が続きます。陸海空の士官学校(全員ではなく代表となる学年だけの参加であることがほとんどです。)、下士官学校、その他軍関係の専門学校の生徒の制服によるパレードです。由緒正しい学校が多く、制服もまさかあの格好で通学はしていないと思いますが、ナポレオンのような帽子を抱えていたり剣を腰に差していたりで、伝統の古さが伺えます。テレビですので各学校の歴史や勉強の内容、生徒数、などの解説が入ります。
それから陸軍の歩兵部隊の代表となった隊が隊旗を持って司令官とともに行進。これはさすがに現代の服装です。(伝統ではフランス陸軍の制服は赤だったそうですが、第一次世界大戦でドイツ国境の森で大敗して色を変えた、という話を聞いたことがあります。森に赤なんて標的になりやすいです。)しかしただの歩兵部隊ではないことはテレビの解説を聞けばすぐわかります。どの隊も「この部隊はナポレオンのイタリア遠征時のエスコートを努めました。」とか、「普仏戦争のときにどこそこの守備についていたのはこの部隊です。」とか、フランスの軍事史、ヨーロッパ史、ひいては世界史の1ページに参加したような部隊なんです。現代でもその隊に所属している人たちは、先人たちの功績を誇りにしているのだなー、と思うと同時に軍事国家としてのフランスの一面も見た気もしました。
海兵隊が続き、その後は陸軍のtroupes motorisés(モーターがついてる、つまり機動部隊ですね。)が続くことが多いのですが、今年はパリ消防隊が来ました。消防隊はパレードの一番最後なのが今までの順序だったのですが、今年ははしご車などが出てきて、あれ?戦車は?と思ってしまいました。
消防隊がさまざまな機種の消防車を連ねて参加する年もあるのですが、今年は地味でした。火事があり一部参加予定の消防車が消火活動に出ていてパレードに参加出来なかった、と解説で言っていました。
7月14日と言えばフランス語でle 14 juillet、これは革命記念日の祭日のことです。革命記念日はFête nationale(国家の祝日)と呼ばれます。
第一次、第二次世界大戦の終戦記念日も国主催の式典がありますが、やはりお祭りの規模の大きさで一番勝るのが革命記念日です。そしてこの一番重要なお祭りの前夜である7月13日の夜は首都パリはもちろんのこと、小さな町や村でも花火大会があります。
そこでうちも近所の花火大会を見に行きました。うちの近所で毎年会場となるのは上の写真のFort(要塞)です。 暗くならないと花火が出来ないので夜10時半ぐらいから始まるとのことでうちは10時ぐらいに行き、場所を取りました。始まる前の待っている間、花火を持参してきた人たちが個人的に上げていましたので、個人花火を見ながらの待ち時間となりました。
フランスの花火は日本のものと比べると技術的に劣るような気もしますし、花火大会と言っても15分か20分ぐらいで終わってしまいます。大規模と言われるパリのものも見に行ったことがありますが、やはり20分程度でした。
でも音楽に合わせて上がるのが特徴です。シンクロナイズド花火とでも言えるでしょうか。数箇所から曲に合わせて同時に上がったり、音楽のリズムやイメージに合わせた花火が上がります。毎年違う振り付け(?)なので今年はどんな趣向かな?と楽しむことが出来ます。
うちの近所は今年はジャジーなラ・マルセイエーズから始まりました。
なんだか火山のようですが、実は左に青い花火があり、国旗の色になっていました。
曲がスイングの時はくねくねと動く花火が上がりました。途中スローテンポの曲が流れた時は、フランス人たちがfontaine(泉)と呼ぶ、パンパン音が出ずに噴水のように上がる花火がいくつも同時に火を上げていました。
記事を書くのが遅くなりましたが、6月最後の金曜日と土曜日にのえたちの学年の2クラス全員で、ヴェルサイユに行きました。写真は全てのえが撮ってきたものです。
旅行の資金集めにコンサートをした話は以前に書きました。(その記事は→こちら。)コンサートとくじ引きで1000ユーロ以上も収益があったとかで、その一部を使ってコンサートのDVDを作りました。父兄のどなたがビデオ撮影したものを編集して全員の分をコピーしてくださったようで、ジャケットまでつけてあり感心しました。
コンサートのおかげで旅行の費用は一人あたり18ユーロ割引となりました。(無料じゃないのか、と夫がぼやいていました。)出発は金曜の朝5時半。5時15分に校門前に集合でした。観光バスで行ったのです。普段はバス通学ののえですが、そんな早いバスはないので、車で送っていくしかありません。大変だな〜、と思っていたら友達のCちゃんから申し出がありました。Cちゃん一家は週末出かけていて土曜日の夜にCちゃんを迎えに行けないので日曜日の夕方までCちゃんをうちで預かる代わりに、出発前夜の木曜の夜はのえがCちゃんの家に泊まり早朝の見送りはCちゃんの家族が行う、というものです。
ヴェルサイユに一泊して土曜日に帰る、と言っても到着時間は午前1時30分、つまり日曜日だったのです。早朝、深夜の送り迎えは家族にも負担なのでこのように分担するのは良い考えだと思いました。そこで木曜日の夕方学校まで旅行用のスーツケースを持って行き、のえの学用品の入った重いかばんを家に持ち帰りました。
土曜日、一度私の携帯電話にのえが連絡してくれたようですが、携帯を切っていたので話はしませんでした。土曜の深夜1時に夫が迎えにいくために家を出ました。そしてのえとCちゃんとAちゃん(家が遠くて家族の出迎えが無理だとのことでうちで預かることになっていました。)が帰ってきました。でも疲れていたのでしょう、すぐ寝てしまったようです。
さて翌朝、どんな旅行だったのか話を聞きました。とても楽しかったそうです。修学旅行って見学した名所より往復の電車の中や宿泊先でのことが印象に残るものですが、3人の話も観光バスの中や宿泊先の話ばかりでした。
先日、煙突掃除屋さんがうちに来ました。毎年5月から7月の間に来ます。よくは知りませんが、暖炉(つまりフランス語でcheminée、この言葉は「煙突」も指します。暖炉ってつまり煙突なんですよね。)のある家は年に一度の煙突掃除が義務付けられているとかで、火災保険に入る際に掃除の証明書が必要なんだとか・・・・。なんだか煙突掃除業者の売り込み作戦の口上のような気もして、真偽のほどは定かではないのですが、たまに掃除をしたほうが火災防止にもなるのは本当らしいです。
毎年同じ業者が来ているので、季節になると電話があります。
Bonjour, C'est le Monsieur B...., le ramoneur.
(こんにちは、煙突掃除のB・・・です。)
煙突掃除屋さんはramoneur と言います。ramonerという動詞から来ています。「煙突掃除」は ramonageです。
「煙突掃除屋さん」と言うと黒いブラシを持ってすすけた顔をした少年を思い浮かべるのですが、去年来たのは30代らしい男性二人組み、今回はBさん本人で、50代でしょうか、可愛らしい少年とは程遠いです。
想像では、少年が長いブラシを持って屋根に上り、歌でも歌いながら掃除をする、というものだったのですが、まず少年ではなくおじさん、というところで現実に引き戻されます。掃除自体も現代のやり方ですから、昔とは違うのでしょう。でも持ち込まれた道具の中に、黒い柄長ブラシがあり、ちょっとにんまりしました。
見苦しい写真で申し訳ありませんが、下は掃除中の我が家の暖炉。ムッシューBが設置した掃除セットです。新聞紙や古雑誌を持ってきて敷いたのもムッシューBです。仕掛けがついており、毛布のような幕で覆われていますね。なんだか吸い取るような音がしていました。
写真手前の掃除機はあとからごみを吸い取るための物だったようで、暖炉にはつながっていません。家の外にはしごをかけ、屋根に上っての作業もしていたようです。30分ぐらいで作業を終えて帰っていきました。料金は54ユーロでした。自分で出来ることではないですし、専門の道具もいるようですから、さほど高いとは思いませんでした。
さてきれいになったらしい(外からでは分かりません。)暖炉の前で♪チムチムニー、チムチムニー、チムチムチェリー、と歌っていると、長女が来て
「フランス語は♪シュムシュミネー、シュムシュミネー、シュムシュムシュム、だよ。」
と言われてしまいました。確かに英語のchimneyはフランス語ではcheminée(シュミネー)ですから、こうなるんでしょうが、シュムシュムでは気分が出ません・・・。
9歳の息子チッチが学校から劇を見に行ったと言うので、その劇の原作の小説を図書館で見つけ、借りてみました。以前に良い本としてどこかで紹介されていたのを見た記憶もありましたし、この著者に興味があったからです。借りてきたのはSusie Morgenstern のLettres d'amour de 0 à 10という本です。
著者はフランスに住むアメリカ人ですが、本のどこを見ても英語からの翻訳であるという記載はないのでフランス語で書き下ろしたようです。ただ英語版も出ています。Secret Letters From 0 To 10 (Puffin Books) という題名です。これがフランス語からの翻訳であるのか著者が別に書き下ろしたのかはちょっと分かりません。邦訳は秘密の手紙―0から10
となっています。題名からすると英語からの翻訳でしょうか。
なんとも不思議な題名ですね。0から10までのラブレター、ということですが、0歳から10歳のことなのかな、と思いましたが、0歳でラブレターなんて書けないし・・・、と思いながら読み始めました。
主人公は美貌の優等生、エルネストです。祖母と、規則正しいだけの前時代的な暮らしをしていて、それに対して疑問も持っていなかったのですが、転校生の女の子、ヴィクトワールと関わるようになって、生活がどんどん変わっていきます。ヴィクトワールの明るくて積極的でストレートなところも可笑し味があるのですが、謎めいたお祖母さんの態度、謎の手紙、主人公の生い立ちや父親についての謎など、いくつかの謎が少しずつ解けていきます。題名の意味も最後のほうでやっと分かりました。
エルネストの暮らしがあまりに一昔前のようなので舞台が現代だと分かるまでにしばらくかかりました。人物描写が巧みでユーモアもあります。
小学校中-高学年を対象にした本だと思いますが、活字は大きめですが挿絵はありません。初級後半から中級のフランス語学習者の方にもお奨めできます。
五月末の連休、夫の会社の人たちとPérougeペルージュに行ってきました。リヨンから車で1時間ぐらい、小さな町なので1時間もあればぐるっと一回り出来るのですが、今回はお弁当を持って朝から行き、ゆっくり午後も過ごしました。
ここがペルージュ中心広場です。日時計のある建物が中世らしい趣ですね。
同じ広場にある建物。今はカフェとなっています。
細い石畳の道が続きます。
リヨンから近い観光の町として知られており、時には観光バスのグル−プが訪れるようですが、観光地化されたと言ってもご覧の通り静かです。観光土産のお店も中央の広場に少しあるだけで、中世に迷いこんだ気分に浸れます。
先週、長女のえたちの学年4e(中学校の3年目)の企画によるコンサートがありました。下は生徒の一人がデザインしたというプログラムの表紙です。
音楽のカリキュラムがある学校にいるのでコンサートは毎年何度もあるのですが、有料のコンサートは今回が初めて。6月末に学年全員でヴェルサイユへ一泊二日で旅行する計画があり、その資金集めのためのコンサートです。普通の学校でもクラス全体で旅行するための資金集めにいろいろなことをします。物を売ったり(ブリオッシュやチョコレートパンを休み時間や昼休みに校内で販売する、という活動を教員をしていた頃に何度か見たことがあります。クリスマスカードの販売もありました。)、トンボラと呼ばれるくじを売る(当たった人は景品がもらえます。)、教職員の車の掃除サービス、街頭で募金を呼びかける、などいろいろあります。旅行の計画があると説明し、賛同してくれる人に協力を頼むわけです。
チケットの代わりに写真のプログラムを2ユーロから5ユーロで売ることになり、コンサート以外にトンボラ(くじ)も売っていました。のえは近所の同年代の友達の家にプログラムを持って説明に出かけました。近所の女の子二人が、ぜひ行きたいと言って快く5ユーロ払ってくれたそうです。普段よくのえのコンサートに来てくれている友人のGさんも来てくれました。
コンサートの最初に先生による簡単な説明がありました。生徒からぜひ全員で旅行したい、という要望があり、保護者の負担を軽くするためには資金集めが必要、そのためにはコンサートが一番いいだろう、という話になったのだそうです。でも先生は他のコンサートの世話で忙しいので、自分たちでやるように、と言い渡したところ、生徒が自主的に2人から5人のグループを作って練習して、曲目を提案してきたのだそうです。「生徒が自主的に練習したので私は何もしていません。」と先生が言っていました。とは言え、会場を手配したり、最終リハーサルを見たりはしてくださったようです。
コンサートの内容はクラシック、ジャズ、ロックといろいろあり、観客は資金集めという性質上、家族はなるべく避けることになっていたようです。1学年上の上級生3e(中学校の4年目)の生徒が率先してチケットを買ってくれたそうで、大勢来ていました。3eは毎年大掛かりなコンサートをします。今年も3月に2夜続けてやっていました。のえたちの今回のコンサートは来年の練習も兼ねているということでした。小規模ながらも自分たちでやったことが経験になる、ということでしょう。
のえはクラシックのプログラムで2回出演しました。時代順になっていたので、のえの参加するテレマンのバイオリン三重奏から始まりました。バイオリンの友達3人での演奏です。その後コントラバストリオによる演奏やバイオリンとギターのデュオなどがあり、ピアノのGくん、ホルンのAくんとバイオリンののえによるブラームスの三重奏がありました。(この練習についての過去記事は→こちら。)その後も2曲ほどクラシックの曲があり、その後ジャスやロックになりました。ジャズやロックが始まるとそれまで大人しく聴いていた3e の生徒たちが騒がしくなり、口笛を鳴らしたり掛け声をかけたりして盛り上がりました。その後くじ引きがあり、ラクレット器(これについては→過去記事)やミニコンポ、香水、地元サッカーチーム、オリンピック・リヨネのロゴ入り公式サッカーボール、腕時計などが当選者に渡されました。そして最後にヴェルサイユにちなんだ曲の小編成オーケストラの伴奏付きで全員での合唱がありました。のえによると一週間前に突然先生に楽譜を渡され授業中に練習したそうですが、それなりに聞けるレベルになっていました。
以下感心したことをまとめてみました。
Author:まゆの
フランスに住み始めて早17年。2003年からリヨンの郊外に住んでいます。フランス語に限らず語学や語学学習にはいつも関心を持っています。フランス生活についても、個人的な視点で書いていこうと思っています。家族はフランス人の夫プー、長女のえ(14歳)、長男チッチ(10歳)次女奈々(5歳)の5人、プラス2007年8月23日から飼い始めたうさぎのクッキー。
是非一度味わってみたいです。日本でも買えるでしょうか……。
日本ではビールが5%、缶のカクテルや酎ハイが大体8カメ吉記念日の多い10月Re: 牛とペンギン> 牛とペンギンはちっちゃい方です。ガムボールが体だったやつもありました。^^
もっと大きいのがたくさんあったということですね。ガムボールの体というのも面白まゆの→のえ記念日の多い10月1225の方へ ワイン、一本70ユーロは高いですよね。でももっと高いものもありますよ。日本で買うともっと高いそうです。
野の花を小さな花瓶に生ける、いいですね。うちは子供がまゆの記念日の多い10月Rayonさんへ ありがとうございます。
フランスに住み始めたのは夫と結婚することになったからです。
フランスは食べ物も美味しく、いろいろ不便な点もありますが、人間臭い国だまゆの記念日の多い10月たくさんおめでとうございます☆おめでとうございます!
フランスでの生活のご様子をいつも楽しみに拝見しています。
10月はまゆのさんご一家にとって、とても素敵な月なんですね。
日記を拝見しRayon記念日の多い10月garapyさんへ ありがとうございます。
え、なぜこの記事で私の年が分かったのでしょうか??!ここには書いてないんですけど・・・。まゆの記念日の多い10月色々まとめて、失礼ですが、おめでとうございます。のえさんからのプレゼントの砂糖菓子、本当にかわいくて食べられませんね!お雛様風になったところがまた素敵。
まゆのgarapyフランスの移民政策の一環としての授業ハセさんへ 丁寧なコメントありがとうございます。この分野についての専門知識はありませんので、以下、不確かな返答になってしまうかとは思いますが・・・。
移民のためのフラまゆのフランスの移民政策の一環としての授業はじめましてはじめまして、こんにちは。
私は大学で今移民について調べていて、この記事に大変興味をもったので少しお伺いしたくてコメントさせていただきました。
フランスの移民ハセ